ゼロから創り出す面白さ。少数精鋭で挑む自動運転ハードウェア「Ohkami」の開発現場
自動運転技術の最前線を走るチューリングで、ハードウェア開発を牽引する井上さんと朝妻さんにインタビューを実施しました。異業種からチューリングに来た二人が初めて取り組んだ「Ohkamiプロジェクト」の全貌、そしてその先の展望についてインタビューしました。
異なる分野の二人が完全自動運転に魅せられた理由

ーーー 井上さんは新卒で本田技研工業に入社されたと伺いました。モノ作りへの強い情熱から大手メーカーを選ばれたそうですが、そこからチューリングへの転職を決意されたのは、どのような思いからだったのでしょうか?
井上さん: 本田技研工業には4年半ほど在籍しました。モノ作りが好きだったので自動車メーカーを選び、中でも文化的な部分でHondaが一番良いと感じて入社しました。最初は船のエンジンや芝刈り機といった製品の試験業務に携わり、その後はカメラを用いた物体認識など、センシング技術の開発にも従事しました。エンジン関連はハードウェアに近い制御、物体認識は機械学習やアルゴリズムに近い領域で、幅広く経験を積ませてもらいましたね。
チューリングへの転職を決めたのは、ソフトウェア開発の未来に対して強い思いがあったからです。日系の自動車メーカーもソフトウェア開発に力を入れていますが、私としては、より先行しているチューリングでいろんなチャレンジをしてみたいという気持ちが強かったんです。
2023年に一度チューリングを訪れたのですが、その時はまだEV開発がメインで、自動車メーカーでハードウェアを見ていた私からすると、バッテリーや電動化も非常に奥深く、ここに極めた人がいればできるだろうと感じつつも、まだその段階ではないと思い見送りました。しかし、自己位置推定や機械学習モデルとハードウェアの両面を見れるポジションがあると伺い、2025年の初めに入社を決めました。
ーーー朝妻さんは新卒で会計システム開発を行うJDLに入社され、その後、リコー、富士通といった大手企業でのご経験を経て、チューリングに入社しています。これまでのキャリアやチューリングへの入社背景を教えてください。
朝妻さん: 新卒でJDLという会社に入社しました。JDLは会計システム自体を作っている会社ですが、ソフトウェアだけでなくハードウェアも手掛けており、私はそのハードウェア部門に配属されました。基本的にはIntelのCPUやPCH、SoC、あるいはARMを使った基板の設計をメインでやっていましたね。会計ソフトの会社でハードウェアもやっているというのは珍しいかもしれませんが、そこで回路設計や基板設計、製品製造プロセスの基礎を学びました。
JDLでの製品開発は製品一つひとつの製品開発規模は大きいものの、開発スパンが長く既存プロダクトの改良がメインなので、経験を積むにつれて新規プロダクトに関わる機会が少なくなり新鮮味が薄れていきました。そこで次に転職したのがリコーです。リコーではODM(Original Design Manufacturer)をやっており、日本の代表的な測定器メーカーさんやロボットメーカーさんの回路設計を請け負っていました。ここでは様々な製品の設計に携わることで、多岐にわたるスキルを身につけることができました。特に産業機器向けの設計が多かったので、民生品とは異なり、ノイズ耐性や耐環境性など、非常に厳しい要求に応える必要があり、それが今の私の礎となっています。その後、富士通では初めて車載ECUの設計に携わることになります。
チューリングへの入社は、元々私の知り合いのエンジニアがチューリングにおり、そのエンジニアから誘われたのがきっかけです。実はまだ富士通でもやるべきことがあると思っていて、最初は断っていたんです。
しかし、チューリングのエンジニアの熱い思いに共感したと言いますか、これから自動運転を作る上で、それを支えるハードウェアは非常に規模が大きく、難しいものになることは予測していました。私がこれまで培ってきた経験を全て活かせると思い、入社を決意しました。そのエンジニアとはチューリングに関する話で2回食事に行きましたし、個別にLINEでも熱烈なオファーをもらいました。身近な人が働いているというのは非常に大きかったです。ホームページやYouTubeだけでは分からない細かいところも聞けたのは、入社を決める上で重要な要素でしたね。働き方という観点でも、AIツールを駆使して迅速に開発を進められること、無駄な会議が少なく開発に集中できること、リモートワークによって業務時間を柔軟にマネジメントできることなども、魅力的な要素でした。
Ohkamiプロジェクトとは

インタビュアー: 現在二人が取り組んでいる「Ohkamiプロジェクト」について教えてください。
井上さん: Ohkamiプロジェクトは、チューリングで開発しているAIモデルの性能向上に不可欠な、高品質な学習データの確保を目的とした自己位置推定モジュールを基板から開発する取り組みです。現在使用している自己位置推定モジュールでは精度に課題があり、学習に利用できないデータも多く存在していました。現状は、データの質も量も不足しており、走行時間の多くが学習に使えない状況でした。例えば、8時間走行していても、学習に使えるデータはそのうちの数時間程度といった具合です。そこで、Ohkamiプロジェクトを立ち上げ、自己位置推定モジュールを内製化することにしました。
既存の規制品ではブラックボックスになってしまう部分を、自分たちの手で作り上げることで、用いるアルゴリズムや精度の改善手法などを手の内化し、より最適なアルゴリズムを開発できるようにすることがミッションです。
現状で見えている成果として、走行データの9割ほどが学習に利用できるようになる見込みです。まだ深く解析はできていませんが、この数字は非常に大きな改善だと捉えています。
朝妻さん:この開発において、デバイスをどれだけ自社で作り込むか、というスクラッチ開発の度合いも重要なポイントでした。Ohkamiの性能が向上した理由の一つとして、回路を私たち自身で設計しているという点が非常に大きいです。例えば、デバイスの中にはGNSSを受信するためのモジュールがあるのですが、アンテナとモジュールの間にRF回路というものがあり、アンテナからのアナログ信号を増幅したり減衰させたりする機能を担っています。外注品だとこのRF回路はブラックボックスで手が出せないのですが、私たちはそこを自社で設計・調整できるため、アンテナが変わったり、取り付け場所やケーブルの長さが変わっても、常に最適な設定にチューニングできるのです。
インタビュアー: このプロジェクトは少数精鋭で進めていると聞きました。具体的にこのプロジェクトを何人で進めていますか?
朝妻さん: 井上さんと私を含めて合計4名でこのプロジェクトを進めています。私たち以外にはソフトウェアエンジニアが2名います。彼らはOhkamiのGNSSモジュールとIMU(慣性計測ユニット)のデータをSoC(System-on-Chip)に取り込み、外部に出力するソフトウェア制御を担当しています。
井上さん: 自己位置推定と一口に言っても、非常に多くの要素が含まれます。今回のように基板から作るとなると、ハードウェア、アルゴリズム、そして最終的に位置情報が出力されるまでの全工程を考慮する必要があります。そう考えると、4名というのは非常に少ない方だと思いますね。
朝妻さん: 私の経験からすると、今回のプロジェクト規模であれば、ハードウェアは2名から3名体制でやるのが普通だと思います。具体的には、電源周り担当が1人、CPU周り担当が1人、あとは周辺部分といった感じで、デジタル部分、アナログ部分、RF部分など、ある程度役割を分担して担当するのがこれまでいた会社のやり方でした。しかし、今回に関しては、ハードウェアは私が一人で全て担当しました。率直に、大変でしたね。
Ohkamiプロジェクトはまだ完成には至っていませんが、試作1号機でデータを取得し、アルゴリズムを走らせることができています。先ほど井上さんが話した9割のデータが利用可能になるという見込みも、この試作で得られたものです。今後は、試作1号機で見つかった問題を改修し、次の2次試作品を製造します。この2次試作は製造台数を増やし、我々のチューリングの自動運転車両に搭載していくスケジュールになっています。早ければ9月頃には搭載できる予定です。
ハードウェア開発の面白さとハードさ

インタビュアー: 実際にOhkamiを開発してみて、お二人それぞれ苦労された点や、逆に新しい発見があって面白かった点などがあれば教えてください。
朝妻さん: 車載ECUとしては中規模の設計でしたので、回路設計自体にそこまで難しいところはありませんでした。ただ、設計の自由度が高いがゆえに難しかった点がありました。
通常、車載ECUを開発する際は、OEMやTier1からの明確な要求仕様に基づいて設計を進めます。しかし今回は、社内で使用するECUであるため、例えば温度や振動、外来ノイズといった環境条件に対する耐性を全て自分たちで想定し、設計に落とし込まなければなりませんでした。
しかし、自己位置推定ECUという、おそらく世の中に前例の少ないECUを1から作り上げる楽しさは格別でした。RF回路についても、利得やフィルタリング特性を自分たちで調整できるように設計したことで、搭載される車両の環境に合わせて最適なパラメータを選択できるようになりました。既存のシステムを上回る性能を達成するという目標を掲げ、実際にそれができたことは大きなやりがいを感じています。
井上さん:私は新しい発見や面白さがたくさんありました。これまで自動車メーカーにいた頃は、電子基板の設計はほとんど外注で、その詳細を見る機会はほとんどありませんでした。しかし今回、朝妻さんが回路設計や基板設計をしている姿を見ながら、基板がどのように作られ、動かない時にどう対処するのか、といったモノ作りのリアルな過程を肌で感じることができたのは、非常に良い経験になりました。
大変だった内容としては自分の中ではイメージができていても、それをチームメンバーに正確に伝え、共通の認識を持つことが非常に大変でした。
ただ、試作機でデータが取れてアルゴリズムを走らせてみると、自己位置推定の精度は、予想通りの良い結果が出ています。先日の走行テストでは、ほぼ10cm以内の誤差で位置が推定できていたので、自分がずっと考えていたことがデータで見れたのは、非常に嬉しかったですね。
推論用ECUやIVI用基板の開発に挑戦

ーー今後の展望として、どのようなプロジェクトや開発を予定されているのでしょうか?
朝妻さん:今後のプロジェクトは大きく3点挙げられます。まず1つ目が、AIチームが作っているモデルをエッジで動かすための推論用ECUの開発です。これは、GPUを搭載して推論をさせ、実際に車を制御するための基板となります。2つ目がIVI(In-Vehicle Infotainment)用基板の開発です。これは、カーナビやタッチパネルといったインフォテインメント系のシステムと、先ほどの推論用ECUを連携させるためのシステムです。そして3つ目が、それ以外の自動運転に必要な様々なサブ機能の開発です。これらを並行して進めていく必要があり、非常に盛りだくさんの内容です。正直なところ、大変です(笑)。
ーーこれらの開発の中で、井上さんはどのように関わっていくことになるのでしょうか?
井上さん:例えば、キャリブレーションの側面で貢献することになると考えています。チューリングの開発車両は、パッと見てすぐに動かせそうに見えますが、実際にはカメラがどこに、どのように取り付けられているかといったキャリブレーションの精度が、自動運転の性能に大きく関わってきます。
キャリブレーションは精度が求められる一方で、台数を増やす際に手間がかかりすぎると、スケールしなくなってしまいます。例えば、1台に1日かかるといった状況では困ります。そこで、いかに簡単にキャリブレーションを行うかというのも、チューリングが抱える大きな課題の一つです。
もう一つは、自己位置推定のさらなる強化です。現在の自己位置推定は、メインのGNSSやIMU、そして車両の速度情報などを組み合わせて行っていますが、車両にはカメラやLiDARといった情報もついています。これらを混ぜて、より正確な位置推定アルゴリズムを構築していくのが、今後のメインの仕事となります。
今回のOhkamiプロジェクトでは、自己位置推定の精度向上と、データの後処理がよりしやすくなるような形式にこだわりましたが、今後はさらに多くのセンサーデータを統合し、アルゴリズムの精度を向上させていきます。
ーーこれまでとは異なり、今後のプロジェクトはより大規模で複雑になることが予想されます。当然ハードウェア側の体制強化も必要になってくるかと思いますが、回路設計の今後の展望について、詳しく聞かせてください。
朝妻さん:今後の開発は、大規模で高密度なものの開発になります。そのため、一つの設計にかける工数も大きく複雑になっていきます。例えば、電源設計、GPU周りの設計、そして先ほど少し触れた車載特有の厳しい規格(JASOやISOなど)への対応など、非常に高難易度な設計が求められます。
自己位置推定ECUは、幸いにも井上さんのようなドメイン知識の深いソフトウェアエンジニアが隣にいたので、密に連携しながら開発を進めることができました。しかし、推論用ECUやIVI ECUといった領域は、まだまだ日本国内でも前例が非常に少ない分野です。それを1から作っていく難しさがありますが、同時に大きな面白さもあります。

ーー最後に、今後のプロジェクトやチューリングでの働き方について、お二人それぞれ個人的に「これはワクワクするな」と感じることを教えてください。
朝妻さん: 一番ワクワクするのは、自動運転を支えるハードウェアを1から作れるという点です。世の中にまだないものを自分たちの手で開拓していく面白さがありますし、同時に難しさもあります。
井上さん: 私のワクワクポイントは大きく二つあります。まず一つは、新しいアルゴリズムを試せるハードウェアを作れるという点です。データを収集して、「これで試してみたい」と思った時に、様々なアルゴリズムを試せるような柔軟なハードウェアを作り出すことに面白さを感じています。そしてもう一つは、そのハードウェアで集めたデータを使って、自動運転をより良くしていくアルゴリズムを構築していくという点です。この二つの点が、チューリングで働く上での大きなモチベーションであり、今後もワクワクし続けていける要素だと思っています。
ーー最後に、チューリングの環境でいい側面を教えてください。
朝妻さん:チューリングは、エンジニアの開発業務以外の付帯業務が非常に少ないことも、大きな魅力だと感じています。バックオフィスの方々の手厚いサポートがあるので、エンジニアは開発に集中できる環境が整っています。大手企業にいた頃は会社のシステムが複雑化しており、その処理や一日何百通も受信するメール確認だけで午前中だけで終わってしまったり、会議で1日潰れてしまったりすることも多かったのですが、チューリングに来てからはそういったことは一切ありません。純粋にエンジニアリングに集中できる環境があるのは、非常にありがたいです。
井上さん:チューリングの社内の雰囲気の良さですね。みんな「ノリが良い」と言いますか、例えばキャリブレーションの作業をしていた時、全く関係のない経理の人に「やります?」と言ったら一緒に手伝ってくれたりするんです。チームの中で閉じこもることなく、誰かを誘ったら大体ノリ良くついてきてくれます。みんな単純に技術が好きで、そういった人が集まっているのがチューリングの大きな強みだと思いますね。