【特別対談】AIで産業競争力を牽引する──政府系ファンド・JIC VGIとチューリングが語る、日本の未来と完全自動運転
はじめに
このたび、チューリングはシリーズA 1st closeにおいて153億円の資金調達を実施しました。本記事では、共同リード投資家として出資を決めたJICベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社(JIC VGI)の岸村俊哉氏と、チューリングCEOの山本一成が対談。
日本の国際競争力の強化をミッションとするJIC VGIが、なぜチューリングに大きな期待を寄せ、どのような技術的・戦略的な意義を見出しているのか。そして、テスラを追いかける「最短距離の挑戦」について、その確信と開発のリアルを掘り下げます。
JIC VGIがチューリングへの出資を決めた理由:投資意義と技術の将来性
山本 一成(以下、山本):岸村さん、本日はよろしくお願いします。
岸村 俊哉(以下、岸村):よろしくお願いします。
山本:今回のシリーズA 1st closeでの資金調達において、JIC VGIさんにはグローバルブレインさんと共に共同リード投資家として、ご出資いただきました。リード投資家、つまり今回最も多くの出資をしていただいた投資家様として、ロゴを左上に置かせていただいております。JIC VGIさんとグローバルブレインさんが決まったからこそ、他の多くの投資家の皆様が出資を決めてくださったという経緯がありますので、我々としても非常に心強く感じております。

岸村:ありがとうございます。我々としても、このラウンドを牽引しようという強い思いを持っておりましたので、皆様が賛同いただけたことは非常に良かったと考えております。
山本:ありがとうございます。JIC VGIがどのようなVCなのか、岸村さんからその特徴を教えていただけますでしょうか。
岸村:我々は「JIC」と名がついておりますが、これは経済産業省傘下の産業革新投資機構に由来します。英語ではジャパンインベストメントコーポレーション(Japan Investment Corporation)となっており、JICはその略です。その産業革新投資機構の中で、特にベンチャー投資を行うエンティティが我々、JICベンチャー・グロース・インベストメンツです。
我々は、大型のファンドを運営し、日本の国際競争力の強化に資する先駆的なスタートアップの皆様に投資を行っています。

山本:つまり、日本の、経済産業省を中心としたところからも応援されて作られたベンチャーキャピタルなんですか?
岸村:はい、その通りです。
山本:では、そのJIC VGIが、今回、なぜチューリングへの出資を決めてくださったのでしょうか?
岸村:我々JIC VGIは、政府系ファンドとしてベンチャー投資を行う際、意思決定において大きく二つの軸を重視しています。一つ目は投資意義があるかどうか。そして二つ目は投資収益です。これはファンドとしてリスクとリターンのバランスを見る話です。
特に一点目の「投資意義」については、投資委員会の場で非常に深く議論するポイントとなります。今回のチューリングさんへの出資については、やはりこのE2E(End-to-End)自動運転の技術開発というものが、AI領域、とりわけフィジカルAIの領域において、産業競争力の強化に繋がるだろうという観点が非常に大きかったです。
我々が初めてチューリングさんに投資させていただいたのはプレシリーズA(2024年12月)でした。当時は、チューリングさんがまだ公道実証を始めるか始めないかというステータスだったかと思います。しかし、そこからこの1年間並走させていただく中で、技術開発の進展が我々の投資時の想定を大きく上回るスピードで進んでいることを確認しました。まさに今回、シリーズAで大型の資金調達をするという時に、我々としてもさらに大きく意思決定をしていこうという観点で、出資を決定したということになります。
日本が「自前でAIとモビリティ」を持つ意義:経済安全保障と基幹産業
山本:ありがとうございます。では、日本において、自前でAI・フィジカルAIを構築し、それがモビリティ(自動車産業)と結びついていくことには、具体的にどのような意味があるのでしょうか。
岸村:今、AIとモビリティといった時に、日本にとって自動車産業は揺るぎない基幹産業です。次世代化を考えた時に自動運転やフィジカルAIの進展は、この産業の未来と切っても切り離せない要素となります。
もしこの分野でAIによる「知能」の部分を海外のプレイヤーに依存してしまう状況を想定すると、日本の自動車産業におけるコアな知能が外部に依存してしまうことになります。この状況は、ソブリンAIや経済安全保障の観点からも望ましくないことなのかなと思っています。

さらに、自動運転によって得られる走行データは、モビリティ産業にとって非常に大切なデータ資産です。これを外部に依存することは、将来的な競争力を考えても良くない。その意味でも、日本が自前でこのAI、すなわちモビリティ領域におけるフィジカルAIを構築していくことは、極めて重要な意味があると捉えています。
山本:おっしゃる通りです。自動運転は車における脳や神経のようなもので、今後ますます中心的なトピックになると思います。
ルールベースの限界:AIを信じる設計へ
山本:2010年頃から始まった初期の自動運転の流れは、センサーを多用し、AIも利用はするものの、ルールベース(人間が定めた規則)によって動作が設計されるという認識でスタートしました。しかし、結果論から言えば、そのアプローチだけで自動運転ができるという簡単な問題ではありませんでした。実際、世界中で数えきれないほどの失敗が繰り返され、100回は軽く超えるような挑戦と失敗があったかと思います。
結局、自動運転はカメラを100倍にしても解決しない問題であり、人間と同じように非常に頭の良いシステム、つまりAIを作らないと実現できない。我々チューリングは、この確信を持って会社を始めました。
これは自動運転に限った話ではありません。私がかつて取り組んでいた将棋AIの世界でも、かつてはルールベースで書かれたシステムは淘汰され、AIを信じる設計が主流になりました。画像認識も、自然言語処理も、同様にAIによるパラダイムシフトが起こっています。

岸村:ルールベースの世界で動いているシステムは、AIの持つ指数関数的な成長には必ず上回られてしまいますよね。これは画像認識(ImageNet)でも、自然言語処理(トランスフォーマー)でも証明されました。そして、次にこの流れが来るフィジカルの世界でのAI活用といえば、ロボットか自動運転です。そこに先駆的に取り組んでいて世界トップクラスのエンジニアが集結しているチューリングには以前から注目していました。
テスラを追いかける戦略:「最強のSecond Mover」を目指す
山本:E2E自動運転は今年、世界的にブレイクしたと言って良いと思います。テスラのFSD(Full Self-Driving)バージョン12、そして現在のバージョン14に至っては、本当にびっくりするようなパフォーマンスです。道を譲るためにバックしたりする行動は、従来のルールベースのシステムでは到底たどり着けなかったレベルになっています。
我々は今、テスラを追いかける側です。この状況は、我々にとって最もありがたい情報を提供してくれています。
なぜなら、「ここまで行けるんだ」ということが既に世界で証明されているからです。テスラが利用しているコンピューターの性能や計算機パワーは想定可能です。つまり、この物理法則の中で、彼らがトランスフォーマーベースのニューラルネットワークモデルを車に搭載し、これだけの性能に到達可能だと示してくれた。これは、「この目標を追いかければ良い」という、迷いが少ない指針を与えてくれる、非常にありがたい情報です。
岸村:そのSecond Mover Advantage的な考え方に、非常に面白みを感じました。数学の問題を解く際も、腕力で解く方法と、よりエレガントで最短の解放を見つける方法がありますが、チューリングさんが目指すのは後者、最短距離です。E2Eの自動運転開発において資本効率も良く、より良い解法を見つけていくアプローチは非常に強力です。
山本:正直、多くの人は「トップランナーが強すぎるから、自分は別のニッチなところに行こう」と考えがちです。それが決して悪いこととは言いませんが、シンプルに「追いかける」という戦略は、実は非常に強い戦略です。しかしあまり知られていない気がしています。
私自身、かつて将棋AIの世界で最強だった時代に、黙々と追いかけてくるプレイヤーが一番嫌だった経験があります。追いかけることへの「怖さ」があるのかもしれませんが、「怖さを抱えて進めばいいのに」といつも思っています。

岸村:ストレートに「これをやればいい」というゴールが見えている会社は強い。スタートアップの強みは、エネルギーを一点に集中させること。チューリングは、そういった力学を深く分かってらっしゃいますね。
山本:はい、そうです。我々のアドバンテージは、やるべきことは分かりやすいということです。つまり、勝ち筋、あるいは山の登り方そのものは見えている。一方で、我々のチャレンジングな点は、山が大きく急登であることです。ただひたすらに登っていくタイプの山登りをしています。
山本:もちろんビジネス上のリスクはありますが、私はいつも楽観的に考えています。完全自動運転を作ってもし会社が潰れたら、それはビジネスが下手すぎるでしょうと(笑)。つまり作ることさえできれば道は拓ける。逆に、完全自動運転が作れないのにビジネス上何とかなる、ということは、ほぼないです。

開発の原動力:指数関数的な進展の裏側とコスト構造
岸村:初回投資から現在まで、想像を超えるスピードで開発が進展しているのを目の当たりにしてきたことで、我々投資家はチューリングの実装力について驚きを持って見ています。このハードウェアとAIの融合領域である自動運転において、山本さんはチューリングの実装力をどのように評価されているのでしょうか。
山本:まず、真剣に取り組んでいる経営者としては、現場のエンジニアへの感謝と評価はありつつも、その速度に満足することはありません。これは絶対です。
一方で、この1年間で確かに変化がありました。自動運転はピュアなソフトウェアの問題ではなく、車というハードウェアや物理世界が絡むため、なかなか離陸しません。特にE2E運転はAIに全振りした設計であり、まず動かすこと自体が非常に難しい。
その離陸が、最近やっと始まったという印象があります。データ収集、モデル構築、車へのつなぎ込み、実車での走行テスト、これらがようやく回り始めました。最近は、シミュレーションや各種テストの環境も整い、介入率(人間が介入する頻度)なども測れるようになってきた。
岸村:特にここ数ヶ月の開発の進展は、目を見張るものがあります。まさに指数関数的に自動運転の精度が向上しているように見えますが、これは具体的に、どのようなところがポイントになったのでしょうか。
山本:「これでした」と言えたら良いのですが、正直に言って「頑張った」としか言いようがない(笑)。何か一つの秘密があったわけではなく、色々な試行錯誤を散々繰り返して、ああでもない、こうでもない、というのを経て、やっと少し整ってきたという感じです。

AI開発においてはこのようなスタイル、つまり「暗中模索な時代をやり続ける」というのが基本です。将棋AIの時もずっとそうでした。どこかで光が見える、ということを信じ続けながら、やり続ける。
ただ、厄介なのは、光が見えて次の段階に行くと、すぐにそれに慣れてしまうことです。昔は白線と白線の間を走れただけで大喜びでしたが、今はもうそんなことで喜びません。この組織は一生、ハングリーさを持った状態でいると思います。
岸村:技術的な山を登る上で、最も大きなコスト、つまりコアな課題となるのは何でしょうか。
山本:この会社は、主に3つのコストがあります。
- GPU(計算機):これが圧倒的です。世界の先を進むテスラは膨大な計算機を使っていますが、我々も日々、この瞬間も大量の計算機を回し、より良いモデルを作ろうとしています。
- データ収集:高品質でクオリティの高いデータをどう取得していくか。これも大変な労力を払って取り組んでいます。
- メンバーの人件費:優秀なメンバーを集めるためのコストです。
コスト構造として、やはりGPUが最も大きいですね。そもそも、これほど大量の計算機を回してAIモデル開発を行っている会社は日本国内にあまり多くありません。
世界との距離感と自動運転が変える社会
岸村:世界との距離感については、どのようにお考えですか。
山本:今この瞬間のテスラFSD V14は相当なレベルですが、あれを持ってしても完全自動運転ではない。テスラはV12からV14へ、わずか2年弱で爆発的な進捗を遂げています。我々は、この進捗に間に合えば良いと考えています。
現在のチューリングの規模からすると、今後調達を重ねていっても、テスラの開発環境に追いつくのは少なくとも2030年頃までは無理でしょう。だからこそ、真摯に彼らを追いかけていく。車の製品ライフサイクルを考えると、たとえテスラが明日完全自動運転を実現したとしても、すぐに世の中の車が全て変わるわけではありません。我々は、その技術的なギャップを1~2年以内に埋めていくことを目指します。イメージとしては、2030年にテスラが完全な自動運転を実現する頃に、我々も少し遅れて間に合っていれば、なんとかなっているはずです。
岸村:自動運転という大きな技術的なパラダイムシフトが起こったとき、社会や産業全体でどのような変化が起こると思いますか?
山本:自動運転は、エレベーターのようになるのではないでしょうか。エレベーターに乗る時、人はA地点からB地点へ移動するのにリスクを感じません。自動運転ができれば、それと同じ感覚になると思います。
そして何よりも大きな変化は、やはりハンドルを外すことだと思います。それがロボタクシーなのか自家用車なのかは置いといて、とにかくハンドルがない車を売れるようにしたいというのが、我々の強く思っているところです。
岸村:モビリティの環境が変わってくると、スマートフォンが登場した時と同じように、その周辺で大きな産業が生まれてくる。我々JIC VGIが投資意義として重要視するのは、この大きな技術的なパラダイムシフトによって、今はまだ見ぬ周辺産業が大きく動き出すという点にもあります。
山本:特に大きい点として、完全自動運転の実現後には不動産の価値が変わるかもしれません。今、都市周辺では駅前に住んでいることの価値が非常に高い。しかし、車の中で寝ていたら目的地に着く、という世界が来たら、人々は住む場所をより分散させるようになるかもしれません。iPhoneが登場した時に、スティーブ・ジョブズをもってしてもその使い方を完全には想像できなかったように、自動運転によっても「そんな使い方があるんだ」という新しい産業やビジネスが生まれると考えています。
山本:さらに、我々は完全自動運転を実現した後にはヒューマノイドも作らなければならないと思っています。少し面白い話ですが、ヒューマノイドの最初の仕事の一つは「運転手」になると思っています。車はすぐには買い換えられないので、ヒューマノイドを買ってきてとりあえず運転させる、という需要は結構多くなるのではないでしょうか。

日本の競争戦略:「勘違い」とロールモデルの創出
山本:車産業は世界で確かに存在感がありますが、ソフトウェアに関しては率直に言って負け続けているというのがファクトです。
どこから勝負するかと考えたとき、「車」という地の利を活かすのが一番良いと思っています。日本のスタートアップが世界に挑戦してきた中で、IPや漫画などの分野は別として、ピュアなソフトウェアで世界を制覇しビジネスとして成功した例はほぼないと言っていいのではないでしょうか。我々は、ビジネス上の「作ったけど売れるか分からない」というリスクは極力踏まないようにしています。「難しいけど作ったらいけるだろう」というものを作る、それがチューリングの戦略です。
岸村:世界に勝つために、日本ではどのようなマインドセットが鍵になるでしょうか。
山本:鍵となるのは、「勘違いしているやつがいっぱい増えること」だと思うんですよね。
岸村:面白いですね。それはどういうことでしょうか。

山本:アメリカでも中国でも、「お前には無理だろう」というような勘違いをしている人がたくさんいます。しかし、日本人は真面目で謙虚すぎるのではないでしょうか。
「自分にはできる」と勘違いできるやつが増えてほしい。この会社の真の使命としては、「こんな勘違いをしたことを言っても、なんとかなっちゃうんだ」というのを、世間に見せることかなと思っています。
岸村:つまり、そういった大きなチャレンジをしたロールモデルや成功ケースを作っていくということですね。
山本:はい。だからこそ、私は積極的に自分の「抜けな感じ」を出していこうと思っています。「こんな感じでできるんだ」というのを見せることが大事だと。身近に成功事例があると、「自分もやってみよう」と思う人が増え、それが集まってより強いパワーになっていくので、とりあえず頑張って勘違いを口に出してみましょう。
山本:創業時に「We Overtake Tesla(テスラを超える)」とミッションを掲げるのは怖かったんですよ。でも最近は「まいっか」という感じになってきました(笑)。
岸村:まさしく、その大きな挑戦を掲げたケースを作っていくことが、日本を強くしていく鍵となりますね。
山本:はい。まずはその「勘違い」を口に出して、挑戦を続けるところからですね。
岸村:ありがとうございます。山本さんのビジョンと実装力に、改めて大きな期待を感じました。
山本:こちらこそ本日はありがとうございました。非常に楽しかったです。

【対談概要】
【特別対談】AIで産業競争力を牽引する──政府系ファンド・JIC VGIとチューリングが語る、日本の未来と完全自動運転
https://www.youtube.com/watch?v=aJhKsV2WyOg