MLと制御を経験した相澤が感じた、E2E自動運転開発の醍醐味
eVTOL開発の中で感じたルールベースの限界

相澤さん: 新卒で化学メーカーに入社し、約7年間、航空機向けの炭素複合材料の開発に携わりました。研究のような上流の開発から量産化、生産技術、品質保証まで、一貫して経験できたのは大きかったです。海外に行ってBoeingやAirbusといったOEMと直接交渉するなど、幅広い業務に携わりました。
その後、コロナ禍で航空業界が冷え込んだこともあり、もう少しOEM側に挑戦してみたいと思い、eVTOLベンチャーを経て、本田技術研究所でもeVTOLの制御に取り組んできました。
インタビュアー: 本田技術研究所でのご経験についてもう少し詳しくお聞かせください。制御だけではなく、機械学習にも幅広く取り組まれたと伺っていますが、具体的にどのようなことをされていたのでしょうか?
相澤さん: 本田技術研究所には約3年半ほど在籍しました。最初は前職の繋がりで、機体全体の制御や、プロペラを回すモーターやピッチを変える機構などのコンポーネントの制御といった、いわゆるベース制御を担当していました。
その後、航空機における「自律飛行」、車でいう自動運転のアルゴリズム開発を担当するようになりました。そこで主に衝突回避の機能開発を担当したのですが、ルールベースの限界を痛感したんですよね。従来の飛行機は、法規でお互いの経路や高度を規定して管制官が指示を出していますが、スターウォーズのようにeVTOLがたくさん飛び交う世界では、ルールベースでは対応しきれません。
そこで着目したのが「強化学習」という手法です。ハンドコードを一切書かずにAIに自動で学習を回して、どのような機能が発現するかを見ていくと、人間が一からコードを書いても得られないような、例えばトップガンのようなダイナミックな動きができるようになるなど、AIの可能性を肌で感じました。
当時の環境は、数少ないメンバーでAIの開発からデプロイまで全て手探りでやっていたので、幅広い領域の開発を経験しました。
制御とMLの架け橋としてチューリングにジョイン

インタビュアー: チューリングに入社するきっかけについて教えてください。
相澤さん: チューリングを知ったのは、私自身がJetson(NVIDIAのデバイス)を触っているときに、チューリングのテックブログを見つけたのがきっかけです。非常に情報がオープンで、自分の業務にも役立つ記事が多く、興味を持ちました。
特に印象的だったのは、当時(2023年頃)まだ柏の葉にオフィスがあった頃に一度訪れた際、代表の山本一成さんがおっしゃっていた「未来は絶対にハンドルのない車が当然のように走り、ハンドルを握って運転するのは趣味の世界になる」という世界観です。そのビジョンに強烈に惹かれました。
インタビュアー: その後、選考に進むわけですが、当時のメンバーの印象やチームの方向性についてはどう感じましたか?
相澤さん: 当時、E2E自動運転チーム(自動運転開発チーム)を見たとき、Kaggle Grandmasterの加藤さんをはじめ、皆さんバリバリとMLに取り組んでいて、正直「めちゃくちゃすごいな」とビビったところもあります(笑)。ただ、一方で、制御工学の領域に関しては自分が貢献できる余地があるのではないか、と感じました。
実際、入社後も制御領域を担当し、MLの専門知識は周りのメンバーから教えてもらいながら進めることができました。体験入社など選考の場では、自分が貢献できる部分があるということが分かったので、非常に有意義な場でしたね。
インタビュアー: 入社後に取り組んだことを教えてください
相澤さん: 入社当初、我々の開発車両はまだ動いていない状態で、もう一人のメンバーと二人で、当時の柏拠点の工場の駐車場で車を動かすところから始めました。
具体的な制御開発としては、当時のチューリングの開発は、Wayve(イギリスの自動運転スタートアップ)と同じように、AIモデルがTrajectory(運転の軌跡)を生成し、そこに制御レイヤーが追従するというアーキテクチャでした。当然、AIモデルの精度はまだ低かったので、まずはGNSSで引いたパスを理想のTrajectoryと見立て、車がそれに正確に追従できるか、というところを徹底的に実装しました。
具体的には、MPC(Model Predictive Control:モデル予測制御)という手法を用いて、Trajectoryに追従できる車体モデルを作成し、制御を実装しました。これは、スペースXのロケット着陸でも使用される実績のある制御手法です。
インタビュアー: その制御開発にはどれくらいの期間を要したのでしょうか?
相澤さん: 2024年10月から取り組み始めて、年明けにはある程度、縦方向の制御ができるようになりました。その後チームからの横方向の制御開発の要望もあり、クローズドコースでのテストを重ね、ダイナミックな走りができるようになるまで、半年間ほど集中的に取り組みました。この制御の成果が、我々の車両が公道に出て走るという大きな一歩に繋がったと思っています。
制御開発からモデル開発へと開発スコープが広がる中で

インタビュアー: 制御開発が一通り落ち着いた後、次はどのようなことに取り組まれたのでしょうか?
相澤さん: 制御開発が一通り完了し、緊急回避やウェット路面への対応なども検証した後、次はモデルとの繋ぎ込みについて考えるようになりました。当時は、制御レイヤーとMLモデルレイヤーで課題を切り分けるのが難しかったので、デバッグの一環として、制御エンジニア側からもモデルを回してみよう、とMLモデル開発にチャレンジするようになったんです。
当時、テストドライバーを含め4人という少数精鋭のチームで、郊外でモデル学習に適したデータを自ら収集し、それを元にモデルを学習・評価していました。データの収集からモデルの実装、評価までの一連のサイクルを回していました。
この活動を通じて立てた「データの複雑さとモデルの賢さを相互に上げていく」という仮説が、後の開発において非常に有効であることが証明され、このアクティビティが新規での開発チーム組成に繋がっています。
インタビュアー: E2E(End-to-End)自動運転開発の難しさや面白さはどういったところにあると感じますか?
相澤さん: E2E全体を通して言えることですが、モジュール形式のアーキテクチャではないため、問題を切り分けてデバッグするのが非常に難しい点ですね。走行データや動画を地道に見て、「ここがおかしいんじゃないか」という手がかりを探し、定量的に地道にデータ解析しながら検証していく必要があります。
もう一つの面白さは、大規模なデータを扱って学習を回せることです。前職では絶対にできなかった規模のデータを扱えますが、それはチューリングのMLOps基盤が優れているからです。データ収集するとそれが自動でアップロードされ、MLエンジニアがシーンを選択して学習を回すという一連の流れがシームレスにできる。これは、創業当初からAIをやるためにデータ基盤を高いレベルで構築している、チューリング最大の強みだと感じています。
MLOps基盤の構築は高度なソフトウェア実装や分散処理周りの知見が必要なため、機械学習や制御の専門家からは距離があります。この領域のシニアな人材がすぐそばにいてくれる環境で開発できるのは非常に魅力的ですね。
インタビュアー: 制御レイヤーから見て、E2E自動運転の面白いところ、あるいは醍醐味は何でしょうか?
相澤さん: 制御とは元々、不安定なものを安定して動かすことに尽きます。そこにルールベースかE2Eかは関係ありません。ただ、E2Eは、人間ではルール化するのが極めて難しい外界の複雑な事象を、ニューラルネットワークという非線形な方法で一気に制御下に収められる、という点に面白さがあります。これこそ、どんな複雑な現象も抑え込める、制御屋さんがハッピーになれるゴールの一つなんじゃないかと感じています。
インタビュアー: 現在、相澤さんは制御だけでなくMLモデル開発もしています。その中で感じる面白さは何でしょうか?
相澤さん: リソースとインフラ以外で言えば、やはり「想定外のアウトプットが出ること」、いわゆる「創発」が見られることですね。ルールベースは自分が組んだ通りにしか動きませんが、AIモデルは、与えたデータからは予想もできないような、高い汎化性能を発揮することがあるんです。
例えば、赤信号で止まるという動作を、「信号が赤だから減速しなさい」というルールを一切教えずに、ただ走っている動画を与えるだけで、AIが「この辺りのピクセルが赤くなると止まるべきだ」と学習してしまう。これを人間が画像から切り出して指示するのは不可能で、AIだからこそ成せる技です。初めてそれが実現した時の感動は大きかったですね。
MLOps基盤のすごさと今後の展望

インタビュアー: チューリングに入社して良かったと感じることは何でしょうか?
相澤さん: リソースへのアクセシビリティですね。GPUなどのインフラだけでなく、人材へのアクセスもそうです。MLで分からないことがあっても、隣に座っているKaggle Grandmasterにすぐに聞けて、自分で調べて試行錯誤するのに1週間かかるところが、数秒で解決できる。このスピード感が、福利厚生と言えるレベルで優れています。
さらに、ただインフラを作っただけでなく、MLエンジニアや開発者が「何をしたいか」を考えて作られているのがすごいです。カスタマイズ性と自動化のバランスが良く、UX(ユーザー体験)が洗練されている。このMLOps基盤を内製しているからこそ、チューリングのモデル開発は、思った以上のスピードでスケールできているのだと感じています。
インタビアー: 今後のモデル開発における課題と、相澤さんが今後取り組んでいきたいことについてお聞かせください。
相澤さん: 現状の課題としては、模倣学習では、物理的・倫理的にヒヤリハットなケースのデータを公道で集めるのが難しくなってくることです。例えば、急な左折で自転車を巻き込みそうになるようなシーンを公道で取るのは非常に難しい。漠然とデータを集めても効率が悪いため、今後は強化学習などの技術要素が必要になってきます。幸い、チューリングには強化学習チームがいるので、そこへの期待が会社として大きいです。
今後取り組んでいきたいこととしては、やはりレベル5の完全自動運転を目指す上で、ただ普通の道路を走れるだけの運転スキルではなく、F1ドライバーのように極限の状況でもぶつからない、人間では到達しえない運転スキルを持ったAIモデルを世に送り出したいと考えています。AIの特性を最大限に活かし、社会に真の価値を与えることこそが、自動運転開発の意味だと思っています。